1910–1930s Bertha Blancettバーサ・ブランケット 1904年のシャイアン・フロンティア・デイズで女性ブロンコライダー(暴れ馬乗り)としてエキシビションに出場した。1911年にはペンドルトンで男性ライダーと競い、優勝目前まで迫るなど、ロデオ界における女性の先駆者として活躍した。さらに2頭の馬の上に立って騎乗するローマ式レースにも挑戦した。彼女が着用したLevi’s®のサテン製ロデオシャツ、スリット入りスカート、帽子、手袋は、現在オートリー博物館に収蔵されている。
1910s Bea Johnstonベア・ジョンストン LEVI STRAUSS & CO.の「フリーダムオールズ」の初期愛用者。ドレスからパンツへの移行期を象徴するこの衣服を、いち早く取り入れた人物だった。
1940s Emery Twinsエメリー姉妹 パトリシアとプリシラ・エメリーは、サンフランシスコ出身の一卵性双生児。1947年にパリで開催された第1回「オール・アメリカン・ファッションショー」で、女性向けライン「Lady Levi’s®」のモデルを務めた。
1940s Phyllis Gouldフィリス・グールド カリフォルニア州リッチモンドにあるカイザー・パーマネンテ造船所で、最初の女性溶接工3人のうちの1人として活躍。仕事にはLevi’s®を穿いて通っていた。晩年には「ロージー・ザ・リベッター」として知られる女性労働者たちの功績が正当に評価されるよう働きかけ、彼女の尽力により、第二次世界大戦中に活躍した「ロージーズ(Rosies)」は、2024年に議会名誉黄金勲章を授与された。2021年に逝去。
1949–1970s Texas Cowgirls Basketball Teamテキサス・カウガールズ・バスケットボールチーム 女子プロバスケットボールが設立される以前に、全米を巡業しながら活躍した女子バスケットボールチーム。競技の場におけるジェンダーの壁を打ち破り、チームの宣伝活動ではLevi’s®ジーンズを着用していた。
1970s Designer Love, Melodyデザイナー ラブ・メロディ デザイナーのメロディ・サバタッソ(別名:ラブ・メロディ)は、1960年代後半にニューヨークのFITを中退し、サンフランシスコに移住したことをきっかけに、デザイナーとしてのキャリアをスタートさせた。着る服が何もなかった彼女は、数本のLevi’s®のジーンズをほどき、それを再び縫い合わせて、オリジナルのLevi’s®のドレスを作り上げた。この独創的な501®もまた、Levi’s® 501®ジーンズを分解し、再び縫い合わせて生まれたものだ。
1980s Sally Rideサリー・ライド 宇宙へ行った最初のアメリカ人女性。生涯にわたってLevi’s® 501®のファンであり、宇宙到達の歴史をつくる1年前、1982年のNASAの地質学訓練中もこれを穿いていた。
1991 Moscow Soviet Teacherモスクワの教師 冷戦終結後、LEVI STRAUSS & CO.に次のような手紙を送った。「幸せな瞬間はどれも、私の記憶に長く残っています……。Levi’s®のジーンズ(501®)を購入したことも、私の人生におけるそんな瞬間のひとつです。私は24歳ですが、御社のジーンズを穿いていると、まるで15歳の女子高生になったような気分になります。優雅で、ほっそりとして、美しい少女になったような気分になるのです。」
1996 World Traveler 501® Wearer, Colombiaコロンビアの旅行者 コロンビアの広告代理店に勤める女性が、ボゴタで1本の501®ジーンズを購入し、約10年間穿き続けた。彼女はそのジーンズとともにスケートボードをしたり、KISSやガンズ・アンド・ローゼズのコンサートに行ったり、お見合いデートに出かけたり、キャンプをしたりした。さらに、コスタリカやアンデス山脈、キューバを旅し、アメリカへ移住。マイアミやカリフォルニアで暮らし、ヨセミテ国立公園でのキャンプや、エベレスト・ベースキャンプでの1週間もその501®とともに過ごした。人生のさまざまな経験を刻んだその501®は、サイズが合わなくなるまで愛用された後、Levi’s®アーカイブへ寄贈された。